recommend

バスをおり、物語を追いかけて歩いているつもりがいつのまにか物語のただなかへ。いくつもの時間が環のようにまわり、ぶつかり、こすれ、つながって響きあう。僕たちの現実は、生と死の溶け合わさった水に、ずっとひたっているようなものかもしれない。水のなかだから音が、思いもよらないくらい遠くから、きこえないはずの距離をこえて届くのかもしれない。
いしいしんじ(小説家)
🍃🧤🍃
穏やかな調子で核心を突き刺している。それが眠る虫と金子監督についての印象だ。
劇中いくつも好きな場面があるが、その中でも印象に残っているのが松浦りょうさん演じる主人公とコンビニ店員とのやり取りである。
その場面から金子監督が社会に向けている眼差しの強度を感じ取れたが、その強さゆえに生じる怒り、生傷は絶えないのではないだろうかとも思った。
だが金子監督は自身の眼差しを放棄しない。
時には他人をも巻き込み、しかし最も翻弄されているのも監督自身ではないか。
それでも放棄せず、逃げない。
そんな金子監督を、私は尊敬し、信頼する。
そして俳優の松浦りょうさんの存在感が素晴らしかった!
松浦りょうさんを眺めていると田んぼの稲のそばを風が通って揺れている情景が浮かぶ。
浮遊感がありながらも土臭さがあって、だけどシティ感があって、
きっと松浦りょうさんの中にいくつものカルチャーがあるのだろう。
眠る虫の中で、幽霊も生者も有機物も無機物も極めて等しく生き生きと音を放っているように。

北田瑞絵(写真家)
鼻歌は漏れる。幽霊の鼻歌がきこえるとき、幽霊はきこえがよしに歌っているのではない。幽霊の機嫌が漏れているのだ。この映画、バスのシーンがいい。乗り合いバスで、鼻歌をキャッチするにはどうすればよいか。特等席はない。たまたま座った席で、漏れ来る歌を捕まえたい。歌の捕虫網は夢。降車ボタンを押すのも忘れて乗り続ける。バスは揺れ、夢見にふさわしい。

細馬宏通(早稲田大学文学学術院教授・人間行動学)
バスの揺れの中に、夜の光に、声に。私の平穏な夏の日は、いつでも誰かの過去と交差している。見えたり見えなかったりするものの表面を自分なりにすくい取りながら過ごしていても、こうした作品が、ふと、手のひらの外の時間を思い出させてくれます。
 いつかおばあちゃんが「アランドロンが歩いてる映画、なんやったかな」と言っていました。ヒントやばくない?と思いました。私も歳をとって、「バスのシーンがイケてる映画なんやったかな」と、孫にこの映画のタイトルを聞くかも知れません。映画はいいですね、人生への割り込み方が軽やかで。
 心地良い色彩に包まれて、短いこの季節とやわらかな幽霊を、一緒に楽しみましょう。

Aマッソ加納
決して退屈ではない日常から、冒険的な世界への境界線はどこなのか、見る人の耳、そして、光を感じてサスペンスと共に引き込まれて欲しい。アリスのウサギは誰なんだろう?なんてことを思いながら見ていると、もってかれるが、いろいろな可能性を発見出来る、祝祭的な作品として喋り倒せたら、楽しい旅になる。
 
 金子修介(映画監督)

『眠る虫』を観てから映画館を出ると、それまで聴こえていなかった声が聴こえてくるだろう。人の声だけを指すのではない。コンビニの表情も、植物のスタンスも、風の出自も。何もかも声のように自分に届いてしまう、そんな感覚になる。何を気にしてるかって、全部を気にしてる。これは自分の見ている世界、だったらちょっと悲しい、これが自分の居る世界なのだと信じてみたいよね。
金子監督の作る物は今後全部観ます。 

ゆっきゅん(アイドル)
目を凝らし、耳を澄ます。それだけでは見えも聞こえもしないものがある。
 例えばカセットデッキが準備される横で、水槽の亀が水に飛びこむ。砂利を掻く音が耳の底に残り、なぜかその亀がまだ石の上にいた数秒前、引っ込めていた頭を出してこちらへ反射させた微かな光を思い出す。そこにはなかった音を頭がさがす。
 そういう時は――目を澄まし、耳を凝らす――そんな風にしか言いようがない仕方で世界にさぐりを入れるほかはない。
 その仕方が板についた珍しい人が映画を作ると、こんな映画になるのだろう。

乗代雄介(小説家)
心の中には言葉では到底追いつけない景色や静寂があって、彼女の作品はそれを空間や響き、五感を通して教えてくれる。どこか生々しく、それでいてファンタジックに。そしてそれは行間となって見聞きするものに優しく問い掛けてくる。生きてくってなあに、と。
つくづくすごい女の子が現れたものだ。彼女みたいな人が創り続ける限りこの先の映画の未来も絶対、大丈夫。

森山直太朗

0.
未来を呼び覚ます映画作家〈金子由里奈〉が、数え切れぬほどこの世界に誕生する。複製芸術を逆探知する、固有の瞳をたずさえて。
1.
ひいてはLOVElyな森羅万象にまつわる記憶装置、FILMとVIDEOの時代錯誤にこそ屹立する緊張感、持ちつ持たれつ六十二分のかなしき喜劇。

山戸結希(映画監督)

私が今までの人生で目にしてきた景色や風や温度は、映画にならないと思っていた。
それらが完璧にスクリーンに映し出されていたことが、うれしくてたまらなかった。
この映画をつくってくれてありがとう。
いつか「眠る虫」を観ながら、目を瞑って死にたい。
 
ふくだももこ(映画監督・小説家)
日常の中に転がっている
みんなが気付かずに
通り過ぎていくような
些細な、繊細なものに
優しく寄り添う時間を
贅沢に味わえた気がした。
金子監督の描く作品には
毎回彼女の五感になりたいと思わせる
特別なものを感じる。
自分には到底たどり着けないような
世界がそこには必ず広がっている。

伊藤沙莉(俳優)